政治経済その他諸々の討論番組はお粗末極まりない。

 

相手を論破するために、人の話を全く聞かず、むしろ遮ってでも喋り倒す。

 

おまけに田原何某の様に、司会者という立場でありながら自分のペースで話を進めてしまう(彼も90年代以前は健全であったが)

 

故・西部邁の影響を受けているからか、僕は言葉を何でも深掘りして調べたくなる性分だ。

 

議論とは、discussionなんだけども、discuss(話し合う)の派生語である。

 

話し合うというのは、自分の言葉を伝える事、即ちCommunicationの相互やり取りとなるわけだ。

 

Communicationを僕は自分勝手に分割していつも考えている。

 

niactionは〜nicationと書くように、〜をする事と意訳するとして、commuの部分だ。

 

commuのcommを僕はあえてCommon Senseと超訳させた。

 

つまりCommunicationの本質は、Common Sense(常識、規範)に則って話し合う、議論する事こそがCommunicationだと思っている。

 

従って、相手の話を最後まで聞けない、自分勝手にワーワーと喋る、勝手に話を折って議論を摩り替える。

 

こんな小学校の学級委員ならまだしも、お母さんのお腹からオギャアと生まれて何十年も経った大の大人がこんな事をしていると、気分を害してテレビを消してしまうのだ。

 

それが重なって、僕はここ数日テレビを付けた記憶が無い。

 

大袈裟に言えば、テレビの付け方も忘れてしまったかも分からない。

 

森友学園加計学園だと騒ぎ立てて、その問題点は無い事は無いんだけれども、他にやることは無いのかいと。

 

お相撲さんが問題起こして親方理事会含めてすったもんだやっていたりするのも連日連日一面で取り上げる事なのかと。

 

コメンテーターなる、半分近所のおばさんに毛が生えた連中が、所謂世論目線とやらで時事問題を語られても全く響かない。

 

新聞でニュースを見て、歴史的見地からすればこれはどこが問題なのかと、昔の思想家の言葉やそのニュースの言葉を調べて自分なりの意見を持つ方がよっぽど健全である。

 

だから僕は、賢い左翼や意見が違えども勉強している人は好きだ。

 

例えば森田実氏など護憲派親中派と言われるけれども、彼は本気で学生運動をやっていて、その後も筋の通った話をされていたから彼の本も読んだし共感もした。

 

園子温監督も思想的には違うだろうが、作品から伝わるメッセージにいつも共感を覚える。

 

反対に、軽口をペラペラと喋る人間が嫌いなのだ。

 

小賢しい議論を嫌い、すぐに答えを求めようとする人間。

 

即ち、戦後民主主義の典型だ。

 

江戸幕府開国…いやそれよりずっと昔から以来、日本の保守(体制派)が一貫していたものが、特に平成の行革大合唱や小泉竹中構造改革以降完全に失われた。

 

つまり、ある程度の規制と予算の配分をおこない、官僚に一定の権力を持たせつつ政治が方向性を決める。

 

然し、現在我が国の自称保守・即ち反左翼連中が語るのは、

官僚批判・米国万歳・構造改革・市場原理だけである。

 

従って、保守派と目されている政治家がTPPや構造改革を推進するのは至極当然なのである。

 

そして、それらの政策を批判すると、対案を出せ!お前は左翼だ!の有り様である。

 

◯◯をすると危険ですよ。大変な事が起きますよ。だから反対ですよ→対案を出せ!→いや反対というのが対案です。

としか言いようがないのである。

 

例えばTPP。

TPPで農業がやられる?でも日本の農業は変えなきゃ駄目なんだ!TPPで変えるんだ!→いやこうでこうで(長くなるので端折る)こうだから意味がないですよ→何?ならば対案を出せ!

 

と言われても、農業専門家や農協の方からすると、日本は国土が縦長で、高温多湿、四季もあって欧米の様に大規模農業にして小規模農家を潰せば上手くいくような話ではないのだ。

 

母親の元勤め先がJAだからそのツテで話を聞いた事があるが、その場の議論で改革案など出る程簡単では無い。

 

だが、そうした長い長い議論に耐えられないお馬鹿さん達が、対案がないならばやるしかない!とツバを吐き散らかして吠えているのだ。

 

安全保障も同じで、僕も在日米軍基地なぞさっさと出ていけばいいと思っている。

だが、現状自衛隊だけでは極東アジアの安定も日本国の防衛もままならない。

従って、米軍基地は必要悪として置いておいた方が良い。

 

だが、今度は自称平和主義の皆様方から米軍基地即時撤廃!と来るわけさ。

 

米軍基地即時撤廃?なら自衛隊置くの?と聞くと、それも反対!軍国主義!と返してくる。

 

本当にこの国にはマトモに話し合いができる人間が少ない。

 

話がやっと議題に帰ってきたが、勤め先のお嬢ちゃん達を見ていても、昨日の芸能人がどうのこうのしか興味が無さそうな見える。

 

あなたの好きな芸能人が不倫しても人生全く影響は無いが、日本人として必要最低限の教養も無いとこの先人生不便だぞと教えてやりたいが、赤の他人の人生なんぞ僕には関係無いから見て見ぬ振りをしている。

 

その最中に西部邁先生が亡くなられ、同じく尊敬する言論人・井尻千男先生も亡くなられており、3〜4年前には大学時代の恩師であり、人生の恩師でもある遠藤浩一先生もこの世を去られていた僕にはもうこの世に未練が無くなった。

 

最近は人生の終着点を探す旅にでも出ようかと、若干25歳にして考えている今日この頃であります。

 

以上。

暇潰し

休日出勤の用事がひとつリスケジュールになったので、久しぶりに書いてます。

 

前の記事にて、安倍政権は対米従属にて保守にあらずと書いた。

 

あくまでも学術論としての話である。

 

今すぐ日米地位協定を破棄して、沖縄の米軍をグアムまで追い払って、その次は横田・厚木・横須賀だとやってしまっては日本の安全保障政策は成り立たない。

 

それ中国が攻めてくるとか、北朝鮮が国土にミサイルを撃ってきたとはならない。

 

ただ、今こうしている間にも沖縄では米軍基地周辺の土地まで中国資本が買い漁っている。

 

原子力発電所職員の中には北朝鮮工作員が多数紛れ込んでいる。

 

彼らはいつでも原発のスイッチを押せるし、いつでも爆破出来る。

 

21世紀の世の中、一国の軍隊は攻めてこなくとも、北朝鮮天然痘バイオテロやISILの自爆テロの方が安全保障上のリスクとしては遥かに高いかもしれない。

ITの進歩に伴う武力を伴わないテロ攻撃、即ちサイバーテロや株式金融的なテロ攻撃のリスクもあるわけである。

 

安倍晋三氏は保守派の論客ではなく、政治家として、自民党総裁として、日本国総理大臣としての立場だから大東亜戦争は米国の侵略で云々カンヌンとはやれないわけである。

 

多少対米従属と見られても、安全保障政策は米国の核の傘の下でいかに米軍と協力しながら自衛隊、いずれは日本国軍の充実を図るかが重要課題となるのである。

 

安倍総理はよく頑張っていらっしゃると思います。

 

学者でも何でもないですし、人生の大先輩ですし、わたしがあと数点(自己評価)で落っこちた成蹊大学法学部政治学科卒業でもあられますから失礼を承知でいいます。

 

安倍総理、インチキ臭い公明党さんご推薦の加憲なんぞお辞めなさい。

 

憲法9条が大事?あんたら日本語読めないのかいと野党を叱りつけてでも、丸ごと改正した下さい。

 

第2次政権発足から妙に公明党さんのお顔を伺っている機会が多くなったとお見受けす。

 

それから、国論を割ってでもわたしは日本国憲法の欺瞞を解消すべく、日本国民の手で憲法を創造するという気概が薄れているようにもお見受けしている。

 

そんな姿を眺めていると、不満のひとつふたつが重なって、米国さんと御手手繋いでグローバリゼーションの幻想に浸るなとも言いたくなるわけなのだ。

 

日本共産党を見習ってほしい。

戦後最初に日本国憲法を批判したのは日本共産党なのだから。

 

米国がたったの6日間で、しかもズブの素人である若手軍人21人が、フィリピン憲法を真似て片手間で書いたものを、白洲次郎の下手くそな日本語訳で編集したのが今の憲法である。

 

山川出版社あたりのお馬鹿さん編集者によれば、憲法は国家権力を縛る云々カンヌン載ってるが、自虐史観と反米左翼思想に凝り固まった山川出版社のボンクラなんぞが何が分かる。

 

憲法を辞書引きすると、いの一番に国家の根本規範という趣旨の言葉がある。

国家とは国の家だから、そこには当然国民も入るのだ。

 

つまり、国家の根本規範とは、言い換えると国民の守るべき規範とか、日本人としての常識(Common Sense)となるわけだ。

 

それなのに、お馬鹿さん達は公権力がお嫌いだから、都合のいい部分だけ取り上げて憲法を守りましょうなんぞ妄想的平和主義に取り憑かれて喚いている。

 

国家=Nation

国民=National

 

つまり憲法とはNational Common Senseと言い換えておかしくはない。

 

国民と国家権力が守るべき根本規範を他国の、しかもあろうかとか侵略してきた相手がティータイムの片手間で作ったような物でいいはずがない。

 

その辺をしっかりと吟味して話をするべきだ。

 

 

日の丸が泣いている

昨晩夜中に書いたものです。

ネット上の一部方々からの批判を承知での投稿となります。

 

新大久保などで在日韓国朝鮮人に対し、罵詈雑言を浴びせることが愛国的だと思っている連中がまだいるらしい。

 

桜井誠あたりは不勉強なのが顔にも言動にも出ているから、まともな保守派は相手にしていないだろうが、もっとタチが悪いのも多くて厄介である。

 

日の丸が泣いているというのは、右翼団体一水会鈴木邦男顧問や木村三浩代表の言葉である。

 

国を愛し、国旗に心臓を捧げますと胸を張っていいのは、他国の国旗国歌そして国民に対しても敬意を表することが出来る人間だけである。

 

一時の感情でお相手さんが排日運動をしていたからと、同じことで返すのが果たして大人の保守派のやることか。

 

そういった、やられたらやり返す精神は小学校卒業と同時にお捨てなさい。

 

桜井誠あたりを左巻き陣営はネット右翼と呼んでいるらしい。

 

ネットで右翼的な発言を繰り返して人気を博したからか。

 

わたしはテレビをあまり見ないからよく知らないが。

 

ただ、赤尾敏先生や野村秋介先生ら真の右翼がそんな卑怯なやり方をしたか。

 

今よりも、もっともっと左翼が強かった時代に、街へ出て国旗国歌の重要な意義、愛国心、そして天皇を語ったのが彼らである。

 

もちろん、当時は天皇と口にしただけで保守反動と叩かれるわけだから、彼らは猛勉強し、本を読んで対抗していた。

 

桜井誠や鈴木何某を見ていると、そういったものを感じられない。

 

何となく韓国人がいけすかないとか、中国人が感じ悪いから叩いているように感じる。

 

同じ日本人として恥ずかしい。

 

YouTubeで動画を見てみたが、最初の数分で気分を害して消してしまった。

 

これなら、まだ一本スジの通っていた池袋西口での日本共産党の演説の方が聴きやすいと改めて感じた次第であるを

西部邁氏の死を悼んで。

マスコミの報道では評論家と呼ばれている、西部邁氏が亡くなられた。

 

多摩川へ入水されての自決だそうだ。

遺書も見つかっている。

 

マスコミ報道は対して中身も見ずに、元東大教授で評論家の西部邁さんが78歳で亡くなりました。自殺らしいです。

という報道をするのであろう。

 

生まれてまもなく大東亜戦争終結

子供ながらに昨日までは鬼畜米英・一億玉砕とやっていた世論が、手のひら返してアメリカ様〜!と跪く姿に疑問を感じて勉学に励んだ西部少年。

 

東大生時代は、その米国帝国主義への反抗心から左翼運動に身を捧げ、学生運動のリーダーとして獅子奮迅されていた西部青年。

 

大人になるにつれ、片方では反米だと叫びつつ、国防になると口をつぐみ、ソ連支那の核はいい核だとか北朝鮮は地上の楽園だと宣う左翼陣営にも疑問を感じて独自の保守主義を追求し始めた東大教授時代。

 

そして佐伯啓思氏、中野剛志氏、柴山桂太氏ら多くの優秀な門下生を輩出しながら、雑誌表現者や東京MX「西部・談志の言いたい放題」「西部邁ゼミナール」で一般大衆にも保守の真髄を語りかけてくれたあのお優しい表情。

 

西部先生、私は最近ウンザリします。

 

安倍を全面的に支持すれば保守だ。

欧米列強に尻尾を振って支那朝鮮だけを批判するのか保守だ。

米国様の嫌がる事(核武装や自主憲法制定)はやめましょう、米国様の核の傘に縋って生きましょうという生き方を選ぶ似非保守。

 

昨今劣化の一途を辿る日本の保守論壇に常に一石を投じ続けてこられた知の巨人の早過ぎる死に、言葉が出ません。

 

西部先生が嫌いなのは、思想の無い、上部だけの言論でした。

 

それが例え自分と相反する左翼陣営でも、共鳴すれば対等な立場で議論をするのが西部流。

 

例え自分と同じ保守を名乗る相手でも、対米従属似非保守には厳しい立場を取られるのもまた西部流。

 

また、例え普段は批判の対象でも、落ちぶれてボロボロになっている者には手を差し伸べるのも西部流でした。

 

鳩山由紀夫から安倍晋三まで下野している時には番組に呼んでいました。

 

発言ひとつひとつ、著者の言葉ひとつひとつから教養や知性、品格が感じられ、改めて人生は常に学び続けなければいけないと認識しておりました。

 

保守の真髄は、常に疑って、そして右の全体主義にも左の全体主義にも屈せず、まっすぐ日本国の事を見て考えて発言する事だと学びました。

 

奥様に先立たれ、欧米列強に尻尾を振っている安倍自民にも、安倍自民を叩いていれば真のリベラリズムだと思い上がっている野党にも、小泉内閣同様ワンフレーズで耳障りのいい事しか言えない小池新党にも愛想が尽き、もしかしたら常に死に場所を求めていたのではないでしょうか。

 

昨年末も自決をしようとして、友人でもあるチャンネル桜の水島氏に止められたとケタケタ笑いながら話していましたね。

 

まさか本当に自決されるとは思っておりませんでした。

 

私はこのブログを書きながら、市ヶ谷の自衛隊駐屯地にて壮絶な割腹自決を遂げた三島由紀夫を思い浮かべております。

 

三島由紀夫も作家として活動する傍ら、冷戦構造の中で米国の軍門に下る事が保守なのだと叫ぶ自称保守(西部先生の言葉を使うならば反左翼)に疑問を感じ、自問自答を繰り返しておられました。

 

西部先生も入水される直前まで、三島由紀夫の死を思い起こしたのではないでしょうか。

 

西部邁無き保守論壇は今後どうなってしまうのか、不安でなりません。

 

先生にはあと5年、いや10年頑張って頂きたかった。

 

改めて西部邁の残した著作を読みながら、ご冥福をお祈りいたします。

 

久しぶりに有意義な休日

完全週休二日制とは名ばかりで、

土日も休日出勤が多かったのですが久し振りに休日でした。

 

午前9時半起床

10時から実家のスポーツ店の仕事、売上管理、不慣れなエクセルでの仕事などはありましたが何とか昼過ぎまでに終わらせました。

 

家業手伝いは勿論無給なわけですが、ストレスが無く暇な店なのでお陰様で読書が捗るのでよいことです。

 

読んでいるものが朝日新聞と、たまには左翼の事も知ろうと図書館で借りてきたジャーナリスト堤未果さんの「ルポ・貧困大国アメリカ」なので何とも言えませんが。

 

話が逸れますが、堤未果さんは逮捕された三橋貴明さんとも共演があるジャーナリストで、左翼のなかでは知性を感じられる文章を書いておりました。

彼女の著作は、普段右寄りの文章しか読まない方には新鮮でよいと思いますよ。

おススメします。

 

午後から部屋の断捨離を。

日課になりました。

 

物がない生活に慣れると、心がリセットされます。

普段ストレスフルな社会に身を委ねていると、

ヒトモノカネ、情報に囲まれていつしか心も身体も疲弊していくのです。

 

是非とも断捨離をしてみて下さい。

全てがリセットされるような気持ちになれます。

 

今日は絶対職場には行くまいと決めているので、今日は仕事関係はしません。

お客様に電話を入れたくらいです。

 

仕事で思い出したので、ふと感じたことをひとつ。

 

昨晩、上司から飲みの誘いがあったのですが、

体調不良でやんわりとお断りさせて頂きました。

 

酒に溺れた上司からは「あら寂しいじゃないの」という返答だけでしたのでひと安心です。

 

昨今、ブラック企業という言葉が流行っておりますが、

正直、ブラック企業の線引きはどこなのでしょう。

 

わたしは営業という仕事をしています。

 

以前も書いたように、高額な商品や社会を変えるような商品、ないしは人生を左右するようなサービスは提供しておりません。

 

逆を言えば、まさしく昨日わたしが契約を頂いたお客様のように即決で契約書を回収することも出来るサービスです。

 

なので基本的にはテレコールもしますが飛び込み営業でいかに客先を回って宝探しではありませんが必要としている顧客に当たるかが勝敗を決めると言えます。

 

周りを見ていると、まともにテレコールもせず、飛び込み営業は怖いだの話せないだのとそれもせず、

19時の定時が過ぎたらさっさと帰る人もいます。

 

こういった人間に対して「成果もないのに帰るのか」と詰めることは果たしてブラック企業でしょうか。

 

わたしは基本的に自分が出来ていないことを叱る事が嫌いです。

更には昨年11月から営業に配属されたばかりで周りが先輩だらけなので叱る必要はありません。

 

ほかの営業所を見ると、叱るどころか指摘すらせず放置している上司が目に付きます。

 

きっと部下達を、今の職場で何とかやり過ごして定年を迎える人間なんだと決めつけているのでしょう。

 

わたしの先輩や隣の営業所の先輩はもともと金融関係の営業マンですが、

きっとあの業界ならこんな状態にはならないでしょう。

 

今だに口より先に手が出ると言われる業界ですから。

 

わたしが思うブラック企業

・仕事以外の場(休日の飲み会や早朝ゴルフなど)に強制参加させる

・暴力を振るうことが善とされる職場

・その他あからさまな労働基準法に違反している職場

 

でしょうか。

 

メジャーリーガーのイチロー選手やサッカー選手の本田圭佑選手も、地味で辛い練習を毎日毎日繰り返してあそこまで上り詰め、

今だにそのルーティーンを欠かさないからこそトップで輝けるのだと思います。

 

正直言って、わたしの職場は成長とか将来性とかそういうことを考えず、

くだらない人生をのらりくらりとやり過ごして適当に人生全う出来ればいいやという人にはオススメです。

 

まともな人間なら営業ノウハウ身につけたらさっさと転職すると思います。

 

転職がいい悪いとか、そういう話は別ですが。

 

仕事も人生も常に頭の中にwhy?が無い人間が多過ぎて、この人達はいつも何を考えて生きているのかなと思っています。

 

わたしが少々変わっているのもあります。

 

活字中毒なので、ひとりで食事をする時もお行儀よくないですが本を読むのです。

 

読む本は何でもいいのです。

 

この前は会社に提出する年末調整の書類に不備があったので、これを機に保険の勉強がしたいと適当に本を借りて読んでおりました。

 

更に他の日には先輩社員が前職で先物取引をやっていたので、投資の本を読んでおりました。

 

別に投資をしたいとか保険関係の仕事をしたいと思っているわけではありませんが、

常に何かを読みながら頭を動かしていることを習慣づけるといいかなと思ってやっております。

 

休日夕方まで惰眠を貪り、酒に溺れたりギャンブルをしたり夜の街で暴れ回るより有意義な生活だと自負はしています。

 

幸か不幸か友人が少ないのもあります。

 

人付き合いが苦手なので、本当に好きな人間か波長が合う人間以外とは深く関わらないようにしているので。

 

前職では1〜2人

今の職場では3〜4人

やはり変わっているのだと思います。

 

私と波長が合う人間も、恐らく変わっているはずです。

 

決して悪口などではなく、個性が無い人間など付き合っていても面白くありませんから。

 

個性とはいろいろな捉え方が出来ます。

 

読書量はそれを図る目安です。

 

読書量が多い人は、自分の思想が確立されます。

 

本を読まない人は思想だとか立ち位置がありません。

会話していても暖簾に腕押しでつまらない。

 

読書量が多い人とはその人のバックボーンや思想がわかるので、そこから言葉と言葉のキャッチボールが続くので楽しい。

 

今お付き合いしている女性は来春から某省庁に勤務する国家公務員の玉子です。

彼女もいろいろ本を読んでいるので20代のカップルとは思えない、側から見たらつまらない会話もします。

 

この前は居酒屋で米欧中央銀行の金融政策方向転換と日銀の金融政策について話しておりました。

 

一般的な20代のカップルからしたら気持ちが悪いと思います。

 

それで話が尽きないのだから変わり者同士なのでしょう。

 

明日まで休みです。

せっかくなので外出するか、職場で書類整理ですね。

 

皆さんもよい休日を。

新人育成とは

人間とは今までの価値観と違う、言わせれば未知との遭遇に出くわすとつい戸惑うものだ。

 

我々の会社でいえば、初めての新入社員に初めての女性営業がそれに値する。

 

新入社員が入社して早くも7ヶ月が経ったわけであるが、未だに腫れ物に触るような教え方をしている上長もいるので呆れてものも言えない有様である。

 

帝国海軍連合艦隊司令長官を務めた山本五十六という人物がいる。

 

私個人は指揮官としての山本を、常に批判の対象としているが、教育者・人間山本五十六が残した言葉には非常に大切なものが多いと感じる。

 

ひとつめは代表的な言葉「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。

話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。

やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず」

 

一見すると、手取り足取りやってあげているようだが、じつは違うんじゃないかと思っている。

 

まず上司が一緒に付いて、やっている姿を見せる。

次に早速目の前で実践させてみる。

少しでもいいところがあれば、褒める。

褒めつつ改善点は指導を入れる。

些細な質問、学の無い何が言いたいのかもよく分からない言葉にも真摯に対応。

お前を信頼しているからやらせるぞという意思表示。

 

女性社員の扱いに困っている管理者層や指導者層は、結局やってみせまでは実践しても、やらせないし話もロクに聞いてないし的確な指導も出来ていない。

 

部下からすると「出来ないからやらせてくれない、出来ないからやらせてくれないし、仕事も分からないからやらない、やらないから怒られる」と負のループにハマる。

 

また、世間の評価は低いようだが、軍人としても人間としても私が強く信奉している帝国陸軍大将で、第三軍司令官として難攻不落の旅順要塞陥落や奉天会戦で功績のある乃木希典も今のご時世に生きる言葉を残している。

 

「人の教ゆるに行を以ってし、言を以ってせず、事を以ってせず」

人にものを教える時は口先だけでは駄目だ。行動を以ってしておこない、言葉ではなく目の前の事として伝えよ。

という意味であろう。

 

両者似たような言葉を残しているあたり、叩き上げで司令官まで登りつめる人間は同じことを考えるのだなと思った所存だ。

 

今も昔もいるであろう。

 

高尚な言葉はペラペラとよく舌が回る。

何処かの本から拾い読みしたように威勢のよい台詞だけはよく出てくる。

しかし、その人の結果が不透明。

本当にその手法で成功例があるのかは分からない。

こんな人間が。

 

私の所属する会社には、特に本社サイドや非営業部門に失礼ながら多すぎる。

 

逆に現場の管理者は言語化するのが苦手な人間が多いらしく、上手く下の人間に意思の伝達が出来ていない印象だ。

 

知恵を出せ、知恵が無いなら汗をかけという言葉もあるが、

本社サイドには汗をかく努力、

現場サイドには知恵を出す努力が必要なのだろう。

 

知恵を出すには知見を得るために読書や新聞を読む、ニュース(ワイドショーではなく純粋なニュース番組)を観るなどする必要があるだろう。

 

テレビ東京ワールドビジネスサテライトを録画して観ているのは私くらいだろうが、是非やってほしい。

 

誰もやらないのであろうが。

そこがいかんせん嘆かわしいところなのである。

 

さて、私の所属する会社の人間達は変わることが出来るのであろうか。。。

意識高い系が若手を滅ぼす

私の所属する会社には、奇妙奇天烈な会議が存在する。

 

会議と呼ぶには烏滸がましいのだが、ネーミングとしては「新卒者・教育者定例ミーティング」というらしい。

 

名前だけ聞くと一丁前で勇ましいのだが、内実はその昔NHKあたりで放映されていた「10代真剣しゃべり場」(NHKに失礼か)以下のおしゃべり会だ。

 

私もいちおう教育者らしい。

同営業所の主任も教育者だが、我々はそんな馬鹿げた会議もどきに出るなら営業活動をしたいとマトモに参加してはいない。

 

毎週出ている同い年の社員がいるが、これがまた意識高い系で毎回高尚な説法をしているらしい。

 

今回の「20代真剣しゃべり場」では、「テレアポ大会」なる催し物が決まったそうな。

 

営業所長を全て出して、既存社員と新入社員でテレアポ大会をするそうだ。

 

いつまで新入社員と呼んで甘やかしているのかとツッコミどころはあるが、そもそもそんなテレアポ大会なるものをやったところで結果になるのか。

 

彼の話を聞いていると、むず痒くなるようなお利口さんトークが目立つ。

 

随所に横文字を散りばめて、性悪説で見るなら「俺こんな事考えて仕事してるんだぜ、こんな事を知ってるんだぜ、すごいだろ」と見れてしまう。

 

それならば、是非そのゴールから逆算して行動予定を立てて云々の手法で客を魅了し、契約書を獲ってきてくれと言いたくなる。

 

営業とは、私の所属する会社の営業とは、そんな簡単に毎日の行動予定なんか立てられない。

 

これは凄いぞこれは売れるぞと息巻いて大量発注したとある商品は欠陥だらけでお客さんからクレーム対応のオンパレード。

 

今だに残る大量の集金。

 

工事部門はお客さんとコミュニケーションが取れないため、何かにつけて連絡がはいり、時には電車を乗り継いで現場に向かい、工事と客の間を取り持つetc…

 

お客さんから「今から来てよ」と言われ、「ごめんなさいゴールから逆算して考えた結果、今日は一日テレコールしたいので」と言えばよいのか。

 

「それは工事の仕事です」と言って営業が客の要望を無視すればいいのか。

 

私は集金もクレーム対応も顧客対応も嫌いじゃない。

営業の宿命だと解釈しているし、そこで何とか宥めて落ち着かせてひと段落すると、怒りが収まって逆に関係性が良くなることもある(非常に稀なケースであることは認めるが)

 

特に私は営業配属が先月からなので、「今日からあなたの担当です。決して放置しません」と一生懸命話すと「あなたは出来そうね。お願いね」と言ってくれたスナックのママもいた。

 

その場その場で常に目まぐるしく変化する営業現場を全く知らない癖に、自己啓発本やらぼったくりセミナーで語られるような意識の高い説法で行動を縛られては何も出来ないではないか。

 

現場で変わる現場と言ったが、まさしく最近のしゃべり場には営業配属の若手は殆ど参加出来ていない。

 

本来のミーティングがしたければ、各々の部署で各々の判断でやれる日取りを決めておこなう方がいいに決まっている。

 

営業もいて、マーケティング部もいて、運用部門もいるのに全員同じ日に同じ時間で同じ話をしたところで何かが改善されるわけがないだろう。

 

時間は取られ生産性は下がり、金曜の夜で集中力もなく、土日を挟んで月曜日になれば全員忘れている。

そもそも忘れていいようなことをくっちゃべっているだけだから仕方がないのだが。

 

お客様第一、できることの全てを云々と美しい言葉を並べているのなら、そのお客様とやらのために無駄なものを捨て去り対応するのが本来だろう。

 

汚い言葉を使うならば、上の人間の自慰行為を若手並べてしているようなものだ。

 

自慰行為は家でやりなさい。

 

悪い冗談はさておき。

 

結局、テレアポ大会なるものは決まってしまったらしい。

私は勿論そんなものに参加する気はない。

 

上司も本来は根っからの営業マンだから、実質黙認してくれると信じている。

 

営業として結果が出したい、憧れの先輩にようになりたい、最後までお客さんに寄り添って対応していい関係性を作りたい。

 

こんな想いで営業現場に来たのだ。

 

そんなくだらないことで、私の目標を奪われてなるものか。

 

月曜日はテレコールをして、足を運んで、お客さんと言い合いになりながらも何とか持ち堪えて憎きライバル会社から切替契約をゲットしたお客さんから契約書を回収する。

 

そこで必ず契約書を回収し、証明したい。

 

貴方達の言う説法よりも、私の営業の師匠でもある主任から学んだ「現場を回ってお客さんと交渉して泥臭く契約を獲る」手法こそが本当の営業なのだと。